「 友好や援助の通じない国を唯一動かせる要因は“力” 」
『週刊ダイヤモンド』 2002年9月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 461回
小泉純一郎首相は差しの会談を得手とするという。
歴史問題や教科書問題が日韓間に軋轢(あつれき)を生じさせていたときでさえ、小泉・金大中両首脳の会談は周囲が驚くほど和やかに進んだと、首相周辺は語る。
確かに、ここぞと思うとき、首相の、相手に対する食い込みには並ならぬものがあるのであろう。トップ会談の果実はトップ同士が力を持つ場合に最大値となる。したがって、北朝鮮の上御一人(かみごいちにん)、金正日総書記の心をとらえることができれば、大きな成果を期待することも可能だろう。首相が政権の命運を賭けて出た背景には差しの会談での、これまでの実績の記憶もあったのか。
それにしても展望はどう開けているのか。首相の決断の背後で、米露両国との調整および両国からの北朝鮮誘導の支援体制はどのように組まれたのか。現段階では不明なことが多い。それだけに、首相訪朝を懸念せざるをえない。
これまで北朝鮮を動かしてきた要因は、友好的な姿勢でもなければ援助でもない。唯一の要因は力である。
2001年6月の金大中大統領の太陽政策に沿った南北首脳会談で、北朝鮮が約束したことはほとんど守られてはいない。
離散家族の再会は、申し訳程度のわずかな数で打ち切られた。南北を結ぶ鉄道は、今も北側では手つかずのままだ。金正日氏の訪韓も実現していない。反対に韓国側は肥料を援助し、食糧を援助し、北朝鮮から韓国に侵入したスパイや工作員までも解放した。できうる限りの好意を表現し、実践したにもかかわらず、北朝鮮側は韓国側の海域に侵入し、銃撃戦を演じてきた。
日本との交渉の歴史も同様である。これまでに送ったコメも援助も、実を結んではこなかった。北朝鮮側が、少しでも日本に譲る気配を見せたときは、むしろ日本が明確に日本側の強い決意を示し、揺るがなかったときだ。
たとえば、今年3月の韓国での首脳会談で、小泉首相が、拉致問題の解決なしにはコメも支援もありえないと断固、言明すると、その同じ日の夜に、ピョンヤン放送は「行方不明者の調査再開」を報じたのだ。
北朝鮮がよど号の犯人たちを事実上見放しつつあるのも、米国の力の外交によると分析されている。テロリストをかくまうこと自体が、その国をテロ国家と定義せしめるという米国の姿勢、イラクと並んで「悪の枢軸」と分類され、米国の攻撃を受けかねない立場に立たされたとき、北朝鮮は否応なく、テロリストをかくまうことをやめなければならなかったのだ。
加えて今、北朝鮮内部では大きな潮流の変化が生じつつある。“外貨族”の台頭である。かつては金日成・正日父子にどれだけ忠誠かを軸に、階層社会がつくられていた。新たに加わったのが、外貨を稼ぐことのできる階層である。かつては社会の底辺に置かれた帰胞(きぽ)と呼ばれる日本からの帰国者たちでさえ、外貨の力によって、自分の子どもを党幹部の娘や息子と結婚させることが可能になっているという。
外貨族の台頭は、北朝鮮経済の逼迫(ひっぱく)と背中合わせのかたちで、あの国を内部から強力に変えていく力になる。
国家というものは、戦争によって滅びるものではないのだ。内部から、経済や倫理観の崩壊によって滅びるのだ。北朝鮮には、その傾向が顕著に現れ始めている。だからこそ、首相は訪朝の際には、安易に譲ってはならない。拉致、不審船、ミサイル、麻薬の懸案事項について、明確に日本側の立場を述べるべきだ。希望的観測で妥協し、歓心を買うことはしてはならない。












